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執筆者の写真金子充

ベーシックインカム論を手がかりに所得保障を考える(1)

更新日:2022年2月25日


2021年度 明治学院大学社会福祉学科3年「演習1」 金子ゼミ




私たちのゼミでは、「ベーシックインカム論を手がかりに社会保障を考える」をテーマとして1年間研究をおこないました。


3つのグループに分かれ、研究テーマを絞って研究を進めました。それらは、

①ベーシックインカムとは何か

②ベーシックインカムに類似した海外の制度の研究

③ベーシックインカムに関する学生意識調査研究、の3つです。

ここでは、①の「ベーシックインカムとは何か」をまとめた研究を報告します。



「ベーシックインカムとは何か」


1.ベーシックインカムの定義

ベーシックインカムとは、すべての個人に無条件で毎月支給される最低生活費のことです。すべての国民(市民)に給付すること、個人単位で給付すること、無条件であること、毎月または毎週など定期的な給付であること、最低生活を保障する生活費相当額であることという5つの特徴があるとされています(山森2009)。

それは収入の有無に関係なく、国民に対して政府が最低限の生活を送るために必要な現金を定期的に支給するという政策で、様々な国で研究や導入実験が進められています。

既存の社会保障制度との大きな違いは、「失業保険」「医療扶助」「児童手当」といった個別の目的をもって対象を選別する経済給付ではなく、統一的に「生活にかかる最低限度の収入を保障する」ということが目的となっています。


2.生活保護との違い

生活保護とベーシックインカムの違いは、生活保護は、経済的に困窮する者を選別して、国が生存権を保障する公的扶助制度であり、「本当に困っている人」に対象を絞って給付するという考え方になっています。これに対してベーシックインカムは無条件ですべての国民(市民)に一定の金額を給付する普遍的な制度であることを特徴としています。

しかし、完全に無条件ですべての国民に普遍的に給付するというベーシックインカム(普遍的ベーシックインカム=ユニバーサルベーシックインカム:UBI)を生活保護の水準で実現するのは困難だとされ、現実的には受給のために条件を絞ったベーシックインカムが考えられています。その条件によっては、ほとんど生活保護と同じような性格になってしまうことも考えられます。


3.ベーシックインカムの強み

ベーシックインカム(UBI)には、制度の強み・弱みがあります。

強みの1つ目としては、ベーシックインカム導入により一定の所得を保障することで、理論上はすべての者が必ず最低限度の生活を送れるようになるという点です。生活保護の対象にはなりにくかったワーキングプアや非正規雇用者に対する経済的な保障、ホームレス予防としても期待されています。

2つ目は、現在の社会保障制度には「失業保険」や「生活保護」に代表されるように様々な仕組みがあり、それぞれ異なる条件や資力調査がありますが、それらをベーシックインカムに置き換えることで、複雑化した制度を整理することができるところです。社会保障制度を簡略化することによって、行政コストの削減にもつながり、国民にとってはわかりやすい制度になります。

3つ目は生活保護を貰える権利のある人が貰えていない問題(救済の漏れ)や、生活保護の利用に対する抵抗感(スティグマ)の問題を解消できるところです。


4.ベーシックインカムの弱み

ベーシックインカムの弱みの1つ目は、全国民に一定金額の現金を給付するとなると、当然財源の確保が大きな問題となります。産油国のように天然の資源があり、国家に大きな収入があるような場合は別として、日本でこれを導入するとなると、税制の改革はもちろん政治的な議論や調整が必要です。また経済不況に陥った場合等に財源確保が難しくなる可能性もあります。財源確保のため、多くの議論では消費税増税、所得税の累進課税の強化等を議論すべきだとされています。

弱点の2つ目は、社会保障をベーシックインカムに統一した場合を仮定すると、現在のような「必要な人に必要な分を分配する」制度ではなくなるため、「貧困対策」という性格が薄まり、またもらった現金をどう使うかという点で個人の責任が大きくなると考えられます。


5.ベーシックインカムの財源をシミュレーションする

ベーシックインカムを実現するにはどのくらいの予算が必要なのでしょか。

2020年のコロナ禍で、安倍政権は国民に一律10万円の給付を行いましたが、これを手がかりにして考えてみます。コロナ対策として実施された「国民一律10万円給付」(特別定額給付金)の総額は12.6兆円です。この10万円給付の対象者は、基準日において、住民基本台帳に記録されている人で、年齢や収入の条件はありませんでした。

特別定額給付金」は1回きりでしたが、これを定期的に行うことでベーシックインカムになります。ひと月12.6兆円だとすると、12.6兆円×12か月で151.1兆円になり、この金額で実装するとなると、年間151.1兆円の予算が必要になります。

日本の国家予算(一般会計歳出)は106.6兆円で、そのうち社会保障費は33.6%の35.8兆円です。国家予算の中で社会保障費が最も多いですが、先程の必要額151.1兆円から予算の35.8兆円を引くと115.3兆円不足していることがわかります。そのため、この115.3兆円をどこから捻出するかが課題となっていきます。

ただし、実際に社会保障費は国家予算だけでなく、社会保険料や地方自治体の財源からも捻出されているので、既存の制度の代わりにベーシックインカムを導入するなら、もっと厳密な計算が必要です。


6.まとめ

ベーシックインカムのために年間150兆円規模の予算を確保するには、国家予算、地方自治体予算、社会保険料を足しても日本では不可能に近いでしょう。

月10万円ではなく、月1万円であればこの10分の1の予算で済むため、11.5兆円で実現可能です。こうなると、1万円を全国民に給付することの意味が問われます。


海外で構想されているベーシックインカムに似た制度や導入された実験的ベーシックインカムを見ると、やはり財源問題を背景に現実的なベーシックインカムの導入には、受給のための何らかの「条件」を設けて行うことが現実的であると考えられます。

さらに、ベーシックインカムに似た制度のひとつとして、「負の所得税」と「給付付き税額控除」というものがあります。これらは、決められた収入や納税額に満たない者に限定して給付を行うという、公的扶助とは若干性質の異なる制度になっています。

「負の所得税」や「給付付き税額控除」がベーシックインカムなのかという疑問もありますが、条件をつけたベーシックインカムの具体例として議論されていることは確かなようです。


海外で導入されているベーシックインカムに似た制度やその導入実験について、もっと研究を深めながらベーシックインカムの可能性や意味について検討する必要がありそうです。

(つづく)



*2021年度 明治学院大学社会福祉学科3年「演習1」金子ゼミ グループA

*この原稿は、明治学院大学社会学・社会福祉学会研究発表会(2021年12月11日)で報告した原稿を修正したものです。



<参考文献>

・『週刊エコノミスト:ベーシックインカム入門』2020年7月21日号

・山森亮「今、ベーシックインカムとは何か? 欧米の実験が話題となる理由」現代ビジネス 2019.6.14 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64167

・山森亮、2009『ベーシックインカム入門』光文社

・原田泰、2015『ベーシック・インカム  国家は貧困問題を解決できるか』中央公論新社

・井上智洋、2018『AI時代の新ベーシックインカム論』光文社

・「1人10万円給付、いくら使われた? 新型コロナウイルス」朝日新聞デジタル (asahi.com)

・財務省「日本の財政の状況」(mof.go.jp)




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