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執筆者の写真金子充

ベーシックインカム論を手がかりに所得保障を考える(2)

更新日:2022年2月25日


2021年度 明治学院大学社会福祉学科3年「演習1」 金子ゼミ




私たちは、イタリアとフィンランドの2カ国の「ベーシックインカム」の導入事例を調べました。



イタリア版ベーシックインカム「市民所得」について


イタリアには「市民所得」と呼ばれるイタリア版ベーシックインカムがあるとされています。2019年1月から、一定条件の下での所得補償をおこなうことを目的として導入されました。制度の概要は以下のとおりです。


1.「市民所得」の概要

「市民所得」の受給条件は、「10年以上イタリアに居住しているイタリア国民、又は正規の滞在資格を持つ外国人であること」と「収入や資産が記載のように一定額以下であること」とされています。

「収入・資産」の基準は次のようになっています。

・経済状態指数の値が年額9,360ユーロ(約117万円)未満

・居住している家屋以外に保有する不動産の価値が30,000ユーロ(約376万円)

以下

・保有する動産の価値が6,000ユーロ(約75万円)以下であること


支給額は、収入補填分と住居費補助分に分かれ、①の収入補填分では、世帯の構成員数などによって額が計算され、その不足分が支給されます。②の住居費補助分では、家賃相当額やローンの返済額相当が支給されます。


①収入補填分:

1年当たり、6,000ユーロに対して世帯主は1を乗じ、残りの世帯構成員は、成年の場合は0.4、未成年の場合は0.2をそれぞれ乗じて合計した額から、収入を差し引いた額を支給します。

②家賃相当額:

借家の場合には家賃相当額(上限は年額3,360ユーロ)、持ち家でも取得のための借入金を返済中の場合にはその返済額相当(上限は年額1,800ユーロ)を支給します。


「市民所得」の受給手続きは、全国社会保険公社(INPS)宛てに郵便局の窓口等又はオンラインで申請を提出することにより行います。受付が開始された2019年3月には、853,521件の申請がなされたとされています。


支給期間は、原則として最長18ヶ月であり、支給は、市場経済の活性化を期待する意図でプリペイドカード方式により行われます。


また受給者は、未成年者、65歳以上の者、障害者等を除いて、即時に就労できる旨の宣言を行わなければならないことになっており、実施的に「就労」を条件としています。そして就労支援の強化を目的として、職業紹介所の増員等も図られています。


2.「市民所得」はベーシックインカムなのか?

以上のように、イタリアの「市民所得」は、これまで「ベーシックインカム」と紹介されてきました。しかし、就労の意思や収入・資産に関係なく全ての個人に一定額が支払われるというベーシックインカムの一般的な定義に照らす限り、

①就労の意思を前提とし、②収入や資産の状況に応じて、③世帯単位で支給され、④金額も一律ではないという4点において、「市民所得」は本来の普遍的なベーシックインカムとは異なる制度であるといえます。


こうした条件で市民所得を導入したイタリアですが、財源確保の見通しが甘く「バラマキ政策」と呼ばれる結果となっているようです。市民所得を導入したコンテ政権は、長らく景気低迷や厳しい緊縮財政に対する有権者の不満を吸収する形で誕生し、実際にバラマキ政策を強化しましたが、景気を加速させるどころか、実体と金融の両面で経済に悪影響を与えていると批判されています。総合的にみて「市民所得」は何を目的としているのかが不明瞭だったと判断できるでしょう。



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フィンランドのベーシックインカム導入実験


次に、フィンランドのベーシックインカム導入実験について研究しました。フィンランドでは、ベーシックインカムが受給者の求職行動などにどのような影響を及ぼすのか検証するため、2017年から2年間に渡り導入実験が行われました。


1.フィンランドのベーシックインカムの概要

実験の対象者は、学生を除く25歳から58歳までの失業手当受給者約24万人の内から、ランダムに抽出された2000人です。性別の内訳は、男性52%、女性48%だったそうです。

受給に伴う諸条件や減額措置がないという違いはありますが、支給額は、失業手当とほぼ同額の「月額560ユーロ(日本円で約7万円)」です。これが2年間給付されました。


2.実験結果の検証

以上の条件で、ベーシックインカムを受給した層と受給しないで失業していた層との比較対照研究が行われました。


研究結果の1つ目として、「雇用促進効果」があります。

図1・2にあるように、ベーシックインカムを受給した者の方が、働いた日数ではわずかに多いのですが、稼いだ額についてはわずかに少ないという結果となり、いずれも統計的に優位な差はみられず、給付は雇用に変化をもたらさなかったと結論づけられています。





















2つ目に、健康状況やストレス面については、給付された者が健康について肯定的な自己評価をした割合や、ストレスを全く感じない又はあまり感じないと答えた割合が高く、比較的良い影響を与えたと言える結果になりました。




3つ目に、幸福度があります。

家計の状況が「困難」又は「非常に困難」と答えた割合が、受給した者では39%であったのに対し、受給しなかった者は49%となっています。また他人への信頼度について尋ね、10点満点で回答を求めたところ、受給した者が6.8ポイントであるのに対して、受給しなかった者は6.3%となりました。

これらの「家計の状況」と「信頼度」の意識調査から、フィンランド政府はベーシックインカムによる主観的な幸福度の向上に成果があったと結論づけています。






3.考察

イラリアとフィンランドの2カ国の事例から、最後に考察をしたいと思います。

イタリア版ベーシックインカム「市民所得」は、資産条件の定めや世帯単位での支給といった点で「生活保護」的な側面があり、フィンランドの導入実験は、失業者に対象を限定しているという点で「失業手当」的な側面があります。つまり、両国ともに、ユニバーサル・ベーシックインカムとはいえないということです。

また、条件付けで対象の選別をおこなっていたイタリアとフィンランドですが、それでも財源問題による失敗や、満足のいく成果を得られなかったことが、ユニバーサル・ベーシックインカムの実現困難性を示唆しています。


誰にでも無条件で給付するベーシックインカムは、給付の目的が不明瞭になるのに加えて、その効果が薄いものになってしまうという問題点があると考えられます。故に、イタリアとフィンランドの研究から、目的や効果を考えるなら受給の条件付けをすることが不可欠なことだと私たちは考えました。


では何を条件としてベーシックインカムを考えるべきでしょうか。海外の事例を受け、今後何を問題の核に据えてベーシックインカムに取り組んでいけば良いのかが見えてきたように感じます。

(つづく)



*2021年度 明治学院大学社会福祉学科3年「演習1」金子ゼミ グループB

*この原稿は、明治学院大学社会学・社会福祉学会研究発表会(2021年12月11日)で報告した原稿を修正したものです。



<参考文献>

・芦田淳「イタリア:新たな所得保障制度―ベーシックインカムの導入か?―」『外国の立法』2019-5

・野田雄二「イタリアのベーシックインカム(市民所得)がついに開始された。」

・三菱UFJリサーチ&コンサルティング「ポピュリスト政権に蝕まれるイタリア経済https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2019/06/report_190603.pdf  2019.6.3

・Angela Giuffrida The Guardian Wed 6 Mar 2019

Italy rolls out 'citizens' income' for the poor amid criticisms

・Luke Hurst & Reuters Euronews 06/03/2019

What is Italy's new 'Citizens' Income' scheme? | Euronews Answers Access to the comments


・「フィンランドでベーシックインカム導入実験の結果公表」投資の達人 (leverage-investment.com)

・山森亮「フィンランド政府が2年間ベーシックインカム給付をして分かったこと」『現代ビジネス』オンライン、2019.6.17

・松岡由希子「ベーシックインカムはどうだったのか? フィンランド政府が最終報告書を公表」Newsweek online, 2020年5月11日

・The Basic Income Experiment in Finland yields Surprising Results, NORDIC WELFARE NEWS, 7.5.2020

・Results of Finland's basic income experiment: small employment effects, better perceived economic security and mental wellbeing




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